某女子高シリーズ(仮題)
空に浮かぶ月の色は
一話その1
綺麗な月。
夜空を見上げて、あなたがそう呟いた。
自分で制御できない苛立ちを抑えるために教室を出た私の、その隣で。
何も聞かずに、ただ一言。
柔らかな声音でそれだけを。
その瞬間、よくわからないけれど、ふっと心の中のもやもやしたものが姿を隠した。そう、それは何の解決にもなってはいないけれど。
それでも、ほっとした。
だから、私はそうだねとだけ口にした。
それを聞いたあなたは私を見て、ふわりと微笑んだ。
たぶん、そのときだ。 私があなたのことを知りたいと、そう思ったのは。
お日様が出てくるには、まだ少しだけ早いのかな。カーテンの隙間からはまだ朝の光が差し込んでこない。
まあ、そんなこと言ってる暇はないんだけど。
かおるは腕まくりをして、それからふっと気になって壁にかけてある鏡をのぞきこむ。
「髪よし、洗顔もよし」
ポニーテールを揺らしながら一つうなずくと、彼女は一つ息を吐いた。
それは毎日恒例の行事を無事終わらせるための気合。それに、今日はいつもよりは三十分は早く起こさなければいけない、明日の当番のときにスムーズに起きられるように。
「さて、と」
右側の二段ベッドの下段に近づき覗き込むと、そこには静かに眠る人が一人。その顔立ちはどこか日本人離れしているというか、彫りが深い。
毎日この寝顔を見ているものの、やっぱりつい見入ってしまう自分に苦笑しつつ、かおるはベッドの端に腰をかけて。
「朝よ、夏樹」
まずはささやくように声をかけてみる。
無論、返事はない。
というか、まったく起きる気配はない。
今日はなかなか熟睡できているらしい。そのこと自体は、かおるにとっては嬉しいことだったりもする。
眠りが浅いときは、いつも、彼女は苦しそうな表情になる。
そんな顔を見るのは、やはり、辛いから。
「ちょっと、夏樹。朝だってば、そろそろ起きないと」
夏樹の両肩に手をかけて軽く揺さぶりながら、普段話す音量で話しかける。すると、「ん……」と、少し嫌そうに眉をひそめて、起きることを拒むようなそぶりを見せる。
あ、今日は寝起きもいいかも。
ちょっとほっとした気分になりながら、かおるはもう一押し。
横たわる人の両腕をとって「せーのっ」と小声で掛け声をかけながら、勢いよく彼女の上半身を引っ張り上げる。
身体に力が入っていない人間の上半身を起こすというのはなかなかに力のいる作業だ。
「……うー、もう、朝?」
瞼を閉じたまま、ともすればそのまま前に沈み込みそうになりながら夏樹が搾り出すような声を出した。
寝起きだからなのか、まだ声が出にくいらしい。
「そうよ。おはよう、夏樹」
かおるは明るい声音でそう言いながら軽く背中を叩く。一瞬、びくりと夏樹の身体が震えて、それから、彼女は瞼を開き、ゆっくりとした動きを顔を動かした。そして、かおるの顔をしっかりとその眼差しに捉えてから、ふっと口元に笑みを浮かべる。
「おはよう、かおる」
この笑みには敵わないなあ、とかおるは思う。日頃、それほどよく笑う人ではないだけに、こうして自分に微笑みを向けられると毎朝のこの苦労も報われたような気になってしまう。
自分でも単純だなと思ってしまうけれど。
「うん、おはよう」
かおるは嬉しそうにこくりとうなずいた。