文芸部シリーズ
一話その2
「ごめんね、美穂子。うちの陽輔がいつもいつも」
陽輔の母で美穂子の叔母でもある幸恵が申し訳なさそうにそう言ったのは、午後三時過ぎのこと。夕飯の支度というにはまだ早く、専業主婦である幸恵はダイニングテーブルでくつろいでいる。
「ううん」
そして、叔母の言葉に首を横に振った美穂子はといえば、テーブルにティーカップを並べていた。子供の頃からもう一つの家のように行き来しているので、食器の置いてある位置などは完璧に把握している。
「それより、さくらは?」
「あの子は図書館に行ってくるって、一時間くらい前に出かけていったの。ついでに散歩して帰ってくるんじゃないかしら、きっと」
「じゃあ、さくらの分はまた今度ね」
陽輔の妹であるさくらは中学三年、おっとりとしていて控えめな妹のことを陽輔はとても大切にしている。基本的に、陽輔が面倒見がいいというのもあるのだろうけれど、でも、そうしたくなる気持ちは美穂子にもわかる。
別にしっかりしていないわけではないのだけれど、なんとなく放っておけない。
美穂子がそう言うと、陽輔や淳はにやにやと笑って「ふうん」とからかうのだけれど。
……それは、自分がしっかり者かと言われると困るけれど、でも、二人にそう言われるとちょっと困る。なんだか、子ども扱いされているようだから。
そんなふうに、特に淳にはあまり見られたくないのだけれど、それは自分の勝手な思い。
「まったく、自分の友達のお茶ぐらい自分で入れなさいっていうのに。美穂子が入れたほうがおいしいんだからいいんだよって。確かに、それはそうだけど」
「おいしいかどうかは、よくわからないけど」
一度お湯を注いで陶磁器を温めながら、美穂子は少し照れたように微笑む。
「でもね、ようちゃんは私がこの紅茶が好きなの知ってて買ってきてくれてるから」
この家に顔を出したときに陽輔がいれば、そのときも彼は「紅茶入れて」と美穂子に頼む。けれど、それは美穂子も飲んでいけばいいということでもあって、そういうふうに相手をさりげなく気遣う優しさを陽輔は持っている。
そして、淳が遊びに来ているときは、大抵わざわざ美穂子に紅茶を入れてくれと頼みに来る。
……自分の気持ちが陽輔に知られているわけではない、だろう。きっと、親友である淳においしい紅茶を飲ませたいだけ。
それでも、二人がくつろいでいる中に自然に受け入れてもらえるということが美穂子には嬉しい。
茶葉をセットして、慎重にポットにお湯を注ぐと鮮やかな赤が豊かな香りと共に広がっていく。
「さて、淳くんが持って帰るおかずをそろそろ作らないと」
叔母が立ち上がり、美穂子は不思議そうな視線を彼女へと向けた。
「え?今日は淳先輩は夕飯、ここで食べないの?」
「そうなの。うちでご飯を食べるのは週三日までって自分の中で決めてるみたいでね、今日は帰りますって。まあ、美穂子たちと一緒に食べるのが週一回くらいあるから、週の半分は自炊しようって思ってるのかしらね」
「ふうん」
蒸す時間を計って薄いティーカップに紅茶を注ぎながら、美穂子は叔母の言葉にこくりとうなずいた。そういう部分、淳はわりと生真面目なところがあると思いながら。
親の転勤で高校一年から一人暮らしをすることになった淳の、親代わりとして名乗りを上げたのが陽輔の両親。家族ぐるみで仲良くなったということもあり、特例として学校側に認められたのだという。
だからこそ、きちんとしなければという気持ちもあるのかもしれない。
「はい、叔母さん」
「私のも入れてくれたの?ありがとう、美穂子」
「どういたしまして」
カップを受け取り、嬉しそうに香りを楽しんでいる叔母を見て、美穂子もなんだか嬉しくなってきてにっこりと微笑んだ。
やっぱり、そういう反応を見ると入れてよかったと思う。
ささいなことだけれど、誰かが喜んでくれるのはやっぱり嬉しい。
「じゃあ、二階に上がってくるね」
「気をつけてね、階段」
「は〜い」